なぜ、オフセットを根拠にした表示は問題になりやすいのか
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本ページはクレジットの購入や利用を勧めるものではなく、制度の仕組みと表示の論点を一次資料から整理したものです。
カーボンオフセットは、自らの排出を完全には減らせない場合に、他の場所での排出削減や吸収を示すクレジットを購入し、排出量の一部または全部を埋め合わせる考え方です。この仕組み自体は、国の制度にも位置づけられています。しかし、表示の場面では、「カーボンニュートラル」「実質ゼロ」「環境への負荷がない」といった強い言葉と結びつきやすく、そこに誤認の余地が生まれます。
法律事務所の解説資料では、環境表示に関する不当表示の類型の一つとして、「CO2ニュートラル」と表示しながら、実際にニュートラルなのはオフセットプロジェクトによるもので、製造過程の環境への影響は示していないケースが挙げられています。この例が示す論点は、表示の対象(製品なのか、事業活動なのか)、どの範囲の排出を埋め合わせたのか、クレジットがどのような仕組みで生まれたのかが、表示から読み取れるかどうかです。
環境省は、カーボンオフセットの考え方を整理した「カーボンオフセット指針」を2024年3月に改訂しており、環境表示ガイドラインのコラムでも、この指針や海外の取り扱いの動向が紹介されています。製品のカーボンフットプリントについては、環境省と経済産業省が「カーボンフットプリント表示ガイド」を2025年2月に公表しました。表示を考えるときは、これらの国の文書を一次資料として確認することから始まります。
もう一つ見落とされやすいのが、オフセットが「排出を減らした」ことと同義ではないという点です。クレジットは他の場所での削減や吸収を示すもので、自社の製造工程や物流で出た排出そのものが消えるわけではありません。表示を読む消費者が、「排出がなくなった」と受け取るのか、「他で削減した分で埋め合わせた」と受け取るのかによって、誤認の有無の評価は変わりえます。この受け取り方の差を、表示の言葉と説明文でどう埋めるかが、実務上の最大の論点です。
三種類のクレジット:誰が認証し、何を根拠にしているか
クレジットは、一見すると同じ「排出削減量の証書」に見えますが、制度の運営主体、認証の方法、使える用途が異なります。表示でクレジットに触れる場合は、どの種類のクレジットかを区別できなければなりません。
J-クレジット:国が認証する国内の制度
J-クレジット制度は、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用による排出削減量、適切な森林管理による吸収量を、国がクレジットとして認証する制度です。経済産業省、環境省、農林水産省の3省が制度管理者として運営し、それまであった「国内クレジット制度」と「J-VER制度」を一本化して、2013年度から運営されています。排出削減量は、対策を行わなかった場合のベースライン排出量と、対策後の排出量との差として算定されます。クレジットの創出には制度で定めた方法論に基づく必要があり、2026年1月時点で74の方法論が承認されていると、経済産業省の資料に記載されています。プロジェクトの登録とクレジットの認証は、学識経験者などの委員会が審議します。創出されたクレジットは、国内の法制度への報告、海外のイニシアチブへの報告、企業の自主的な取り組みなど、さまざまな用途に使えます。
二国間クレジット制度(JCM):相手国との協力に基づく制度
二国間クレジット制度(JCM)は、日本が相手国と協力して温室効果ガスの排出削減や吸収を進め、その成果を両国で活用する制度です。環境省の用語集は、二国間の協力文書に基づいてJCMを構築した国を32か国と挙げており、基準日は2026年4月9日です。2026年5月29日付の環境省資料は、直近1年でタンザニア、インド、オマーンの3か国が加わったと説明しています。プロジェクト数は、2026年1月9日時点で293件、5月22日時点で300件、7月14日時点で303件と公表されています。国内のJ-クレジットとは運営の枠組みが異なり、国の約束への活用などの文脈で位置づけられます。
ボランタリークレジット:民間の基準で発行される市場
民間のNGOや認証団体が定める基準に基づいて発行されるクレジットは、ボランタリークレジットと呼ばれます。VerraやGold Standardといった基準運営団体の名称がよく知られていますが、基準ごとに対象事業、方法論、登録の手続きが異なります。品質の幅が大きいことが、市場の信頼性をめぐる議論の出発点になってきました。
三種類のクレジットを並べると
| 種類 | 運営・認証の主体 | 主な根拠 | 表示で確認したい点 |
|---|---|---|---|
| J-クレジット | 経済産業省・環境省・農林水産省(制度管理者) | 国の制度で承認された方法論(2026年1月時点で74) | プロジェクトの種類、方法論、無効化した量 |
| JCM | 日本と相手国(環境省が制度を案内) | 二国間の協力文書(32か国、2026年4月9日基準) | 相手国、プロジェクトの内容、クレジットの用途 |
| ボランタリークレジット | 民間の基準運営団体(VerraやGold Standardなど) | 各団体が定める基準と方法論 | 基準名、CCPラベルの有無、無効化の記録 |
2026年10月時点、各所管官庁・運営団体の公表資料に基づく。最新情報は一次資料で確認してください。
表のとおり、同じ「クレジット」でも、誰がどの根拠で認証したかが異なります。表示の中でクレジットに触れるときは、種類の違いを読者が区別できる形で書くことが、誤認を避ける第一歩になります。
信頼性を高める二つの枠組み:ICVCMとVCMI
ボランタリークレジットの信頼性を高めるために作られた枠組みとして、ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)とVCMI(Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)があります。役割は異なり、ICVCMは供給側、VCMIは需要側を扱います。
- ICVCM:高品質なクレジットの基準として「コア・カーボン・プリンシプル(CCP)」を定め、10の原則をガバナンス、排出への影響、持続可能な開発の三つのグループに分けている。CCPラベルは、一定の方法論で生成されたクレジットに付けられる
- VCMI:企業が気候目標の中でクレジットをどう使い、どのような主張ができるかを示す「クレーム・コード・オブ・プラクティス」を公表している。ベータ版のスコープ3の柔軟性に関する主張では、スコープ1・2の削減が進んでいることを示すこと、クレジットの使用はスコープ3排出量の年間50%を超えないこと、使用を2035年までに段階的に終えることなどが条件とされた
これらは民間の自主的な枠組みであり、法令ではありません。ただし、表示で「高品質なクレジットを使用」と述べる場合には、どの基準に照らした品質なのかを説明できる必要があります。VCMIのファクトシートは、2026年1月1日からCCP承認のクレジットの無効化を求めるとしていますので、最新の運用は公式サイトで確認してください。
オフセットを根拠にした表示を点検する五つの観点
環境省のガイドラインの5つの基本項目と、国内外の制度を踏まえると、オフセットに関わる表示の点検には、次の五つの観点が役に立ちます。
- 対象の範囲:「製品」「サービス」「事業活動」「イベント」のどれが対象か。製品の場合、原材料の調達から廃棄までのどの段階の排出を含むか
- 算定の前提:排出量の算定方法、排出係数、対象期間。算定の範囲が表示から読み取れるか
- クレジットの種類と量:J-クレジット、JCM、ボランタリークレジットのどれを、どれだけ使ったか。無効化(償却)の手続きが済んでいるか
- 削減努力との関係:オフセットの前に、自社の排出削減にどう取り組んでいるか。オフセットだけで中立と表示していないか
- 将来の主張の裏付け:2030年や2050年のカーボンニュートラル目標を述べる場合、実施計画が公開され、検証できる状態か
これらは、景品表示法が求める「合理的な根拠を示す資料」の考え方(客観的に実証されていること、表示と資料が対応していること)と同じ方向を向いています。数値や言葉の印象ではなく、表示の範囲と根拠の対応を確認することが共通の軸です。
仮の表示文で考える:何が読み取れて、何が読み取れないか
ここでは、特定の企業の表示ではなく、論点を整理するために作った仮の表示文を例に、点検の考え方を確認します。
例一:「本製品はカーボンニュートラルです」
この一文だけでは、対象が製品の原材料から廃棄までなのか、製造工程だけなのかが分かりません。クレジットを使ったのか、排出を実際に減らしたのかも読み取れません。環境省のガイドラインの基本項目に沿えば、あいまいな表現を単独で使わず、算定の範囲、クレジットの種類、期間を説明文として添える必要があります。
例二:「当社の配送は、J-クレジットの活用で実質ゼロ」
J-クレジットという種類は示されていますが、配送のどの範囲(自社便だけか、委託先を含むか)か、どの期間の排出を、どの量のクレジットで埋め合わせたのかは示されていません。算定の前提と、無効化の手続きが済んだ量を説明できる状態にしてあるかが、点検の中心になります。EUでは、オフセットのみを根拠にした中立表示は、あらゆる状況で不公正とみなされる行為として規律されています。
例三:「2050年までにネットゼロを目指します」
将来の目標の表示は、達成を約束するものではなく、意思の表明です。ただし、実施計画や中間目標が公開されていなければ、目標だけが独り歩きして、実態以上の取り組みに見える可能性があります。EUの規律が、公開され、独立して検証できる実施計画を求めている点は、国内の表示を考える際の参考になります。
海外の規律:EUのECGT指令がオフセット依存の表示を規制する
EUのECGT指令((EU) 2024/825)は、温室効果ガスのオフセット制度のみを根拠に、製品が環境に中立である、環境への影響が小さい、あるいはプラスの影響を持つと主張することを、あらゆる状況で不公正な行為とみなされるリストに加えました。法律事務所の解説では、将来の環境性能に関する主張、たとえばカーボンニュートラルの目標についても、明確で客観的、公開されていて、独立して検証できる実施計画の裏付けがない場合は、誤解を招く可能性があるとされています。適用は2026年9月27日からで、2026年10月時点では、すでに適用が始まっています。
この規律は、EU域内の消費者向けの商取引に適用されます。ただし、日本企業が欧州向けに輸出や販売を行う場合や、欧州で展開するグループ会社が表示を行う場合には、無関係ではありません。国内向けの表示の見直しにあたっても、海外の規律が「オフセットのみでの中立表示」を制限する方向にあることは、表示の考え方を整理するうえで参考になります。EU全体の枠組みはグリーンウォッシュ規制の全体像、日本の景品表示法の読み方は日本の環境表示ルールと実務をご覧ください。
なお、2023年に欧州委員会が公表した「グリーンクレーム指令案」は、環境主張の事前検証などを定める内容でしたが、2025年6月に欧州委員会が撤回する意向を発表し、法案化の作業は事実上停止していると、環境省の資料が説明しています。オフセットを含む環境主張の規律は、当面、ECGT指令と各国の国内法が中心になります。
